運命の分かれ道

Connect & Enjoy #060

僕は、自宅は東京で拠点は千葉県鴨川。そのため、2箇所を車で行ったり来たりしています。順調にいけば2時間、渋滞すると2時間半とか3時間かかることも。往復で4、5時間ですから体力的にも時間的にも大きな負担です。でも、この負担感をなくすいい方法があります。東京-鴨川間を運転をしながら、お気に入りのポッドキャストやAmazonのオーディブルをよく聞いています。気分転換したり勉強したりするいい時間になっています。渋滞も、イライラせずにむしろ歓迎できるときもあります。

ここのところ聞いている本に「サピエンス全史」があります。まだ上巻の途中ですが、その面白さに思わずアクセルを踏む足が緩みます。この本を通して著者のハラリさんは、常識を覆すような問いをいくつも投げかけてきます。その中の一つに、「人類は農耕を始めたことによって豊かになったのか?」というものがあります。「そりゃ、豊かになったに決まってるでしょ」とも思わないくらい当たり前に感じていたことですが、「狩猟していたときに狩や採取に使っていた時間は3〜6時間であった可能性がある。残りの時間は仲間とだべったり歌ったりしながらゆっくり過ごしていた。」とか、「予定や目標はたてず、そういったものに追われる精神的な負担はなかったのではないか」といった話を聞くと、実は今の生活は人間にとって不自然で、それゆえに本来はないはずの身体的であったり精神的な負担に晒されているんじゃないか? 私たちは生活をよりよくしようと一生懸命努力しているのに、農耕を始めた1万2千年前に進む道を間違えてしまったせいで空回りしているのかも? と、常識を疑う目が開いてきます。

とはいっても私たちは、農耕を始めたところから綿々と続く文明の進化の最先端で便利で快適な生活を送っているわけですし、今の時代を生きていかなくてはいけませんので、今更狩猟の生活に戻ることは、仮に望んだとしても難しいわけで、だから何? って話でもあるのですが、でも世界中を見渡すと、依然として狩猟で生活をしている人たちがいますし、近代文明がそれほど浸透していない地域もあって、そこには私たち日本人が味わえないような豊かさの中に生きている人たちがいるわけです。

ハラリさんの問いかけは、経済的な発展度合いによって優劣を論じることの危うさを教えてくれますし、僕がマダガスカルで感じる豊かさを論理的に説明するための糸口になる気がします。

(おそらく)稲刈りをする人。いろいろと疑問が湧いてくる写真です。どうして、どうやってここまで自転車で来た? 箒を何に使うの? そもそも何やってるの? マダガスカルの一大穀倉地帯アロチャ湖周辺の田んぼを撮った写真です。冒頭の写真は最近の日課になっている朝の散歩で撮影したもの。ツマグロヒョウモンという蝶々です。温暖化の影響を受けて生息域が北上。関東でも広く見られるようになってきたそうです。僕も福岡から北上してきましたので、僕にとっては小さな頃から馴染みのある蝶々です。

前回のニュースレターから引き続き「豊かさ」について考えているわけですが、狩猟には戻れない私たちが、それでもいいとこ取りをしながらさらなる豊かさを手に入れるためには、お金とか時間とかだけで物事を判断していてはダメなんだということはどうも明らかなようです。じゃあ、お金や時間以外に何を物差しにして、日々の暮らしや経営の判断をしていけばいいのか。正直なところ、僕にもまだよくわかりません。マダガスカルでの体験をもとにして、少しずつでも皆さんと考えていきたいと思います。

11月にはマダガスカル報告会として、幾つかのイベントを開催します。ご興味あればぜひ参加してください。あ、でも心配しないでください。こんな小難しいことを話すわけではなく、まずは単純にマダガスカルの魅力に触れていただければと思っています。

2026年10月22日
合同会社Co•En Corporation
代表 武末克久

類似投稿

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。