アグロフォレストリー通信#18  キムンカムイ(山の神)

Kurumiru/ 8月 20, 2024/ アグロフォレストリー通信/ 0 comments

アグロフォレストリー通信#18 キムンカムイ(山の神)

アイヌ語で山の神と呼ばれる存在。それはクマです。ニホンオオカミが絶滅した今、日本の山の食物連鎖の頂点に君臨するクマですが、クマは自ら森をつくる役割も担っています。木の実を食べた後の糞にはたくさんの種子が入っていて、そこから新しい命が芽吹きます。ヒグマが川から鮭を取り食べ残しを山に残したり、糞をすることで有機物が森の栄養分になります。こんな風に森で生きながら自らも森を作るクマはまさに山の神のような存在ですね。

私の住む千葉県は沖縄とすでに絶滅した九州を除いて、日本で唯一クマが生息しない県です。インターネットを見ると熊らしきものの目撃情報はちらちら出ているものの、環境省のデータでは千葉県にクマは生息していません。千葉県には標高が高い山がないことと、他の地域の山から孤立していてクマが森林を伝って来られないことが原因として考えられています。そんな千葉県に暮らしているとクマという存在はあまり身近には感じませんが、日本で山を歩くときに1番恐れる必要がある野生動物はクマでしょう。近年では人里への出没が問題になったり、山菜採りの時期になると1人で山に入ってクマに襲われたという事故のニュースが毎年流れてきます。

クマが近寄らないようにするための電気柵。

マダガスカルのアグロフォレストリーでは農園内で生態系が成り立ち、そこまで被害が大きくならないいので、生き物による農作物の被害を獣害というかたちで気にすることはあまりないようです。ある農家にノネズミの食害をどう対策するのかという質問をしたとき、特に何もしないというような返答が返ってきました。
一方で日本でのクマとの遭遇は命に関わるような状態。特に危険なのは子連れのクマ。母グマは子供を守ろうと向かってくるので特に注意が必要です。クマと人、上手に共存していくにはどうすれば良いのでしょうか? キーワードは棲み分け。棲み分けとはここからはクマの住処、ここからは人の住処というように住む場所を区分けすることです。

軽井沢のとある町ではクマを捕獲し、電波発信機をつけて一頭ごとの行動を把握。街に出没を繰り返している問題クマを特定し、場合によっては駆除やベアドックと呼ばれる犬を活用した追い払いをしています。クマは学習能力が高いため、次第に居てはいけない場所を理解するようになります。その結果人里に降りるクマがいなくなり、人とクマの棲み分けに成功したとのことです。クマと人がお互いの場所で生きていけるように考えられた素晴らしい取り組みだと思います。ただ、そこまで労力をかけて棲み分けるのはなかなか容易ではありません。

基本的に慎重な性格のクマがなぜ人里に降りてくるのか。主に3つの理由が考えられます。1つ目は食料の減少です。ツキノワグマの食物はドングリなどの木の実。都市の開発やスギの植林に伴って広葉樹(ドングリ)の森が減少しました。またドングリが凶作の年にはクマが人里に降りて来やすいという話があります。2つ目は人のゴミなどの残飯。人里にクマが食べられるものがあると学習することで、そのクマは食べ物めがけて降りて来てしまいます。そして最後は里山の荒廃です。かつてはクマの山と人の住む場所との間に里山が存在し、それが緩衝地帯の役割を担っていました。現在は空き家や耕作放棄地が増え緩衝地帯となっていた場所がなくなり、むしろそこを通り道に人里ギリギリまでクマが迫ってきています。

時代の変化とともに野生動物と人の関係も変化しています。森をつくる山の神クマ。そんなクマを人の脅威と見なすのではなく、クマの暮らしも尊重しながらも上手に棲み分ける。クマも人間に会いたいと思ってやってくるわけではありません。クマのエリアは人が入らないように尊重しながら、人のエリアはクマが来ないように、クマが身を隠せるような人里の藪を刈り取り見晴らしの良い場所にする、ゴミを荒らされないようにゴミ箱に工夫するなど小さなところから人とクマとの棲み分けの一歩を行なっていくことが大切です。

先日車を運転していたら茂みから飛び出してきたキョン。身の回りの森は生き物の住処なのだと改めて気付かされます。

2024年8月20日
武田瑞季

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